​The Taste Of Emotion

情動の匂い

 自分の感情を満足させるためではなく動物園に行くと、私は人間の消費欲求から疎外され幻影の鑑賞者となる。動物園で人々は動物と対面すると、無意識に可愛いや怖いなど簡単な言葉と口に出してしまう。

 

 私は動物を見ると、その動物に似た雰囲気や匂いを思い浮かべることができた。 動物を見ると言うより、自分の主観的想像の中にある「憶断」を見ることになる。動物を見ると、様々な空気を感じ取って、記憶の中で同じような雰囲気を察し、匂いに置き換える。生々しい肉体から物へ置き換えると、動物を擬人化された対象ではなく、物として扱うことができた。

 

 象徴的な図を機械的に見ているだけである。我々の生活を周り見ると、全てのモノが情報であり、一つ一つの情報が集まっては巨大なデータベースになり人間に利用されている。固い頭蓋骨に閉じ込められ、外の世界で何が起きているのかを理解しようとしている私たちの脳にとって、現実の世界は客観的というより、眼で見た物事と嗅いだ物事を同時に感じながら感情におき替えると、アーカイブや博物館のように思える。私たちは、脳内の自分独自の想像世界の中で生きている。自分の身の周りの世界と、その中にいる自分という意識経験は、ある意味、制御された幻覚であり、それは生きた身体があってこそ、生きた身体を通じ、生きた身体が故に、生じるということ。

 

 自分のある種感情を満たしたいとき、番号を入力して、その感情に呼応する写真が出てくる。動物そのものはもう必要とされない、動物が博物館の中のコレクションになっている。googleの検索が集積された客観的情報を引き出すこととは異なり、ワードが主観的なイメージを引き出しているようにも思える。

The taste of emotion

 The first time I stepped into the zoo, I was surrounded by the smell of animals. I realized that animals are actually a kind of scent from fur, just like people spray perfume and choose their smell, animals also use smell to distinguish between species. Delineate the territory. Taste associates sensory imagery and memory. Rather than looking at an animal, we are looking at "the self-imagined assumptions that are triggered in the brain when we see an animal". When looking at an animal, an atmosphere similar to that of the animal comes to mind and is stored in human language.

 

 I don't want to go into the relationship between animals and humans, which coexist and exist independently of each other. Traces of humans can be easily erased in the animal world, and animals are reduced to catalysts for generating emotions. When in need of emotion, enter this number and the photo will pop up to satisfy our emotional needs, the animal itself may no longer be needed. The world is more like a giant library of information than a daily objective living space.

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